・暴力が行き着く末路
・『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ
・『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ
だが、やがて彼の発する言葉は、不鮮明で不可解なものになり、どういう訳かきんきん甲高くなってついに言葉としての形態を失っていった。そしてついに、彼が発するものは皆、それが憎悪なのか、呻きなのか、苦痛なのか、号泣なのか分からぬが、とにかくそれから成る長く繋(つな)がった一本の糸となってしまった。いったいどのようにしてその糸は捩(ねじ)れ、咆哮(ほうこう)に似たものに変形していったのだろうか? 否、それはまちがいなく咆哮そのものだった。戦(おのの)き震え、必死で助けを求める、極限的苦痛を嘗(な)めさせられた者にしか発せられぬ咆哮だった。その苦痛は人間にはもはや耐えられぬもので、喉(のど)から訴えられるのではなく、肉体自身、肉や骨や神経が訴えるのだ。苦痛はそれらを強いて、最後の死にものぐるいの絶叫を絞り出させるのだ。
恐るべきことは、これらすべてがシャウキーから発せられているということだった。
【「黒い警官」ユースフ・イドリース:奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』1991年、所収)】
かつて「黒い警官」として拷問の限りを尽くしたシャウキーは廃人同様になっていた。彼を診る医師は昔の被害者だった。「お前はこれを忘れたと言うのか!」と叫び、医師はもろ肌を見せた。鞭や棍棒、鋲(びょう)付きの半長靴や拳で作られた無数の傷が肌を覆い尽くしていた。
ありありと記憶を取り戻したシャウキーは驚きと苦悶(くもん)の中で喚(わめ)き声を上げる。
「一本の糸」――何と恐ろしい表現だろう。存在はただ一本の糸と化して苦しみの振動で音を発するのだ。その音は決して止(や)むことがないだろう。他人に与えた苦痛をそっくりリフレインするかの如く長く響き渡るに違いない。
イドリースはエジプトの作家である。40代半ばで本作品を読んだが、これを超える小説にはまだ出会っていない。