斧節

混ぜるな危険

カリスマは「断言する」

 ・カリスマは「断言する」

・『エピクロスの園アナトール・フランス
『サバイバル宗教論』佐藤優
『完全教祖マニュアル』架神恭介、辰巳一世

 なぜ、【カリスマが存在するのでしょうか?】
 キーワードは、「断言すること」です。キリスト教暗黒時代があり、デカルトが「われ思うゆえに我あり」という相対主義を導入して近代科学がはじまります。つまり、【全てのインテリは「相対的」な価値観の中で生活しています。】しかし、【新宗教自己啓発セミナー等は「絶対的」な価値観の中で運営されています。】そこで、インテリが騙されるのです。むしろ、インテリだからこそ騙されるといってもいいでしょう。
 近代社会は、「正しいか?正しくないか?」がわからない【相対的(懐疑的)な価値観】で運営されています。しかし、【ナチスヒトラーは、「ユダヤ人が悪い」等の、極論を断言しました】(句点欠)
 その【断言がカリスマになれる理由】です。私はそう考えています。


【『宗教で得する人、損する人』林雄介〈はやし・ゆうすけ〉(ML新書、2017年/マガジンランド、2013年『政治と宗教のしくみがよくわかる本 入門編』改題)】

 カリスマとは常識の範疇(はんちゅう)を超えた魅力を表す言葉だ。現代において天才は存在するがカリスマは見当たらない。『沈黙の艦隊』の主人公・海江田四郎などはカリスマの最たるものだろう。イビチャ・オシムイチローの言葉には確かなカリスマ性が輝いていた。その意味から申せば、池田大作は最後のカリスマと言ってよいかもしれない。

 ただし、近くで日常を見たことがないので私の印象は幻影の可能性もある。ま、私のレベルからすれば太田昭宏だってカリスマ性があった。一度だけ会ったことがあるが宇宙人のような印象を受けた。一種のファン心理も手伝っていたことだろう。眼の前にいるのに映像を見ているような不思議な心地になった。

 カリスマに仕立てる小芝居も存在する。ねずみ講や健康機器販売の現場でよく見られる手法だ。連中は断言する。「絶対に!」「必ず!」「間違いない!」と。

 確信と狂信はグラデーションを描く。心に隙(すき)のある人なら、「ひょっとすると……」と思ってしまう。きっと信者からすれば麻原彰晃だってカリスマそのものであったことだろう。

 昔、商標詐欺紛いのことをしている胡散臭い人物と仕事の関係で会ったことがある。日中のスナックに招かれたのだが、「これから上場企業の幹部が来るから同席して欲しい」と頼まれた。間もなく二人組が現れたのだが、私は「内の書生」と紹介された。このオッサン、断言しまくりであった。傍(はた)で聞いていると実に馬鹿馬鹿しいやり取りなのだが、幹部連中は「先生、やはりそうですか!」と感嘆しきっていた。「世も末だな」と私は心の中で唾を吐いた。彼らが帰った後で「私と一緒に仕事をしないか?」と言われたが、「少し考えさせて下さい」と応じて辞去した。外に出るなり、「ケッ、その手に乗るかよ」と嘲笑した。それからというもの政治家から紹介された人物は避けるようにしている。

 創価学会の場合、仏法用語を断言して説明を端折(はしょ)る幹部が多い。「依正不二だから!」「諸法実相よ!」「宿命だ!」などなど。そこで会話は止まってしまう。もちろん思考も。

 池田大作は胆力の人であった。悟ってはいないものの。

宗教で得する人、損する人 ( ML新書)

宗教で得する人、損する人 ( ML新書)

  • 作者:林雄介
  • マガジンランド (MGZLD)
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