斧節

混ぜるな危険

悟りのヒント その三

 目のまえにある物は、はじめて見る物ばかり。なにかが、ぼくをひっぱった。ひっぱられて、しばらくあるく。すると、おされてやわらかい物にすわらされる。ばたん、ばたんと音がする。
 いろいろな物が見えるけれど、それがなんなのか、わからない。だからそのまま、やわらかい物の上にすわっていると、とつぜん動きだした。外に見える物は、どんどんすがたや形をかえていく。


【『記憶喪失になったぼくが見た世界』坪倉優介〈つぼくら・ゆうすけ〉(幻冬舎、2001年『ぼくらはみんな生きている 18歳ですべての記憶を失くした青年の手記』改題/幻冬舎文庫、2003年/朝日文庫、2011年)】

 交通事故で記憶喪失になった若者がクルマに乗せられる場面だ。極めて特殊なケースで彼は物の名称や意味すらわからなくなっていた。クルマが移動して外の風景が移り変わる様も理解できていないのだ。

 本書は稀有(けう)な内容で、個人的には諸法無我を考える大きな材料となった。その生活ぶりは、まるで生まれたての赤ん坊が自我を形成するまでの過程にすら見えた。

 ヒントその三:世界は常に新しい。