斧節

混ぜるな危険

依法不依人

『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』上村静

 ・依法不依人

二乗の真実
・『宗教は必要かバートランド・ラッセル
・『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス
・『インディアスの破壊をめぐる賠償義務論 十二の疑問に答える』ラス・カサス

 いやあ、たまげた。これほど、興奮を掻(か)き立てられることも珍しい。一見すると「トンデモ本」と見受けるが、それこそ、とんでもない話だ。

 関西大学法学部教授というだけあって、緻密(ちみつ)な考証と論理を積み上げて、紀元前の壮大なドラマに迫ろうとしている。“想像力を遊ばせる”といった類いの姿勢は全くない。

 先日、読み終えた『私の仏教観』(第三文明社)で紹介されていたのが、読むきっかけとなった。実に、いいタイミングだった。これが10年前だったら、今ほど感動しなかったことだろう。昨日の夜遅くに読み終えて、ざわめき立つ脳細胞が眠ることを拒否した(笑)。

 もう、のっけから全開である。四つの福音書(イエスの伝記=マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝)を比較し、

 一人の人物が四つの異なった「履歴書」を持っているとしたら、あなたは、その人物を信頼することが出来るでしょうか。


【『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士〈ほり・けんじ〉(第三文明レグルス文庫、1973年)以下同】

 とバッサリ。当時のベツレヘム地方で12月25日に、赤ん坊が「馬小屋のかいばおけ」に産み落とされたら、「間違いなく凍死している」と手厳しい。

 また、仏教とキリスト教の酷似するキーワードが次々と示される。釈迦の母親・摩耶(Maya)=イエスの母・マリヤ(Maria:Mary)、釈迦の父・浄飯王(じょうぼんのう)は、イエスの父・ヨセフ(Ioseph:Joseph)と関係ないが、イエスの宗教上の父であるヨハネ(Ioannes:John)という名は、イタリア語で「ジョヴァンニ」(Giovanni)と発音する。

 もうね、走り出したくなるほど興奮したよ(笑)。これ以降、怒涛のラッシュ。次々と、聖書の根拠が仏典にあることを明らかにしている。

 釈迦は、尼連禅河(ネーランジャラー)で「洗身」した後、49日間、仏陀伽耶(ぶっだがや)の菩提樹の下で悪魔の誘惑に会いました。
 これは、イエスがヨルダン河で「洗礼」を受けた後、荒野で40日間、悪魔の誘惑に会ったことにまさに相当することであります。

 法学者の面目躍如といったところ。そればかりではない。類似点・酷似箇所を列挙しながらも、返す刀で、相違点の理由まで挙げているのだ。

 何だかね、「別々の事件の犯人が実は同一人物だった」という法廷スリラーを読んでる気になってくるよ。

 カースト制度の最上層に位置するバラモン(婆羅門)が、中央アジアで少数派だった「アーリヤン」(白人/※アーリア人)であり、インド人種との同化を恐れた挙げ句、階級社会が作られた。

 この白人支配下のインドに生れた釈迦は、苛酷な人種差別と職業差別とに反対し、「人間みな平等」(「四姓平等」)の立場に立って、かの宗教を創始したのでありました。

 二乗がバラモン出身者であったことを踏まえると、大いに首肯できる話だ。「二乗不作仏」とは、彼等に巣食う拭(ぬぐ)い難いまでの「差別意識」を、仏が破折したものかも知れない。

 だが、悲しいことに、釈迦滅後、後継者は“頭陀第一の迦葉”(バラモン出身者)となり、仏教のバラモン教化が避けられなくなる。

 著者は、イエスの正体にどんどん迫る。「来(きた)るべき者」としてのメシヤ(救世主)は、仏教の「当来仏」としての弥勒(みろく)である、と。弥勒サンスクリット語マイトレーヤ(Maitreya)=パーリ語のメッティーヤ(Metteya:Mettiya)となって、見事に「メシヤ」とつながるわけだ。そこから更に類推し、「天にいますわれらの父」が「久遠実成の本仏」であると洞察し、キリスト教大乗仏教の分派であると結論づけている。

 依法不依人の件(くだり)は圧巻。

『サムユッタ・ニカーヤ』(47-14「支羅」)によれば、サーリプッタも、モッガラーナも死去した後のガンジス河のほとりでの「布薩」(悔い改めの集会)で、釈迦は次のように言いました。
「修行者たちよ、サーリプッタモッガラーナが完全な安らぎの境地に入ってから後のこの集会は、わたしにとっては、まるで空虚なものに思われる」。「修行者たちよ、この世のことは、すべて無常なのであるから、生成して消滅しないものは何一つとして存在しない。堅固な大樹がそこにあっても、その枝が先に枯れてしまうこともある。それと同じように、修行者たちよ、この堅固な仏教僧団はあっても、サーリプッタモッガラーナの二人は、先に、完全な安らぎの境地に入ったのである。修行者たちよ、その故に、自分を頼りとし、自分をよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を頼りとし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしてはならない」。
 更にまた、『サムユッタ・ニカーヤ』(47-9「病気」)によれば、ヴェーサリーで大病にかかった釈迦は、アーナンダに向って次のように言いました。
「アーナンダよ、現在においても、また、わたしが死んだ後においても、自分を頼りとし、自分をよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を頼りとし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしない者は、わたしの弟子たちの中でも最上の修行者となるであろう」。
 釈迦が、このように繰り返し教えていることは、ただ、法(真理)を燈台として、その光に頼り、ただただ、自分自身を清め、自分自身で修行せよということだけであります。
 釈迦は「仏教僧団」(sangha サンガ)に帰依せよとは言っていません。まして、「僧侶」に帰依せよなどとは教えていません。
 また、釈迦は「釈迦牟尼仏」に帰依せよとも、その他の如何なる「仏陀」に帰依せよとも言っていません。
 このようにして、「南無妙僧」でも、「南無妙仏」でもなく、「南無妙法」こそが仏教の真髄を射抜くものであることがわかるのであります。

 側頭部を金属バットで殴られるほどの衝撃。直後に、「今まで自分が学んできた教学とは一体何だったのか」と撃沈。私は思い至らざるを得なかった。「独創的な研究を、どれほど多くの孤独が支えてきたことか」と。

「学ぶ」行為は孤独な作業だ。皆と勉強していても、「自分が学ぶ」ところにのみ意味がある。自分の頭で考え抜くことは、自分の限界に挑むことでもあろう。宿命転換と全く同じ原理であることに気づかされる。

 絶版になる前に、注文されたし。

【2005-11-30】