斧節

混ぜるな危険

生活改善同盟会

・『呼吸入門齋藤孝
・『身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生齋藤孝
・『息の人間学 身体関係論2齋藤孝

 ・生活改善同盟会

坐法に関する覚え書き
・『「坐」の文化論山折哲雄
・『静坐のすすめ佐保田鶴治佐藤幸治編著

(※明治期、役所や官庁にはイスが導入されたが、自宅に帰ると和装に着替え、床で生活していた。これに対して、二重生活の非合理性を問題視する声が出てきた)大正時代になると、文部省の肝いりで「生活改善同盟会」が発足する。これは、社会教育の普及促進活動だが、服装、食事、社交儀礼、住宅問題など、国民の生活がどうあるべきか、啓蒙活動を行なってゆこうという動きである。(『ユカ坐・イス坐』沢田知子)

(中略)
 戦後、イス式生活をリードしたのは、日本住宅公団の発足と、高度経済成長の開幕であった。日本住宅公団は新しい住宅供給に際して、「ダイニングキッチン」をセールスポイントに掲げた。台所兼食事室の誕生である。それまでちゃぶ台でしていた食事を、机とイスでするよう提案したのだ。ダイニングキッチンを含んだ「2DK」「3DK」は、憧れの的になった。この時点が、日本の本格的イス式生活の始まりといってよいかもしれない。


【『坐(すわ)る力』齋藤孝〈さいとう・たかし〉(文春新書、2009年)】

 ふと思った。戦前に行われていた創価教育学会の「大善生活実験証明座談会」はここからパクったネーミングなのかもしれない、と。

 個人的にこうした風俗の移り変わりに興味が湧く。そこに時代の変化が刻印されているためだ。

 例えば戦前の履き物は下駄が普通であった。そのため併合された朝鮮において日本人を「豚足」(ぶたあし)と呼ぶ蔑称があった。足の親指が離れているから直ぐ日本人と見分けがついたという。チョッパリピースというサインも同じ由来だろう。

 イギリスの昔の教科書では、「日本は近年に至るまで靴を作ることができなかった」と記されていた。

 ところが、21世紀になるとマラソンなどの長距離走でサンダルが見直されるようになった。クリストファー・マクドゥーガル著『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"』(2010年)で、メキシコのララムリ・タラウマラ族が紹介されたことによるもの。タラウマラ族は“走る民族”と呼ばれ、老いも若きもとにかく走る。しかも、古タイヤで作ったサンダル(ワラーチ)で。走るたびに足を痛めてきた白人ランナーがまず注目した。彼らの走りはフォアフット走法で爪先から着地するものだった。サンダルは素足に近い。クッション性の優れたスポーツシューズが実は足の機能を損なっていたことが判明した。

 余談が過ぎた。もう一つ、椅子で思い出したのだが、30年ほど前までは会館で行う会合では最高幹部がパイプ椅子に坐った。そのために男子部は役員を出さなければならなかった。壇上役員と呼ばれたが、幹部が坐る椅子を出すだけのために仕事を早退することもあった。訓練とは理不尽の異名なり。

 それにしても、椅子とDK(ダイニング・キッチン)のつながりには全く気がつかなかった。