・『創価学会秘録 池田大作と謀略と裏切りの半世紀』高橋篤史
・晩節を汚す
破門を挟んで日蓮正宗との間で激しい抗争が続いた「第二次宗門戦争」に一区切りついた後、晩年の池田は「第一次宗門戦争」の末に自らが会長を辞任せざるを得なくなった1979年4月に起こった一連の出来事に異常な執着を見せた。最も信頼し重用していた山崎にじつはかなり早い段階から裏切られていたことが日ごとに明らかとなり、それこそが「会長勇退」の真因であったことを池田は悟ったからだ。ぐつぐつと煮えたぎるどす黒い復讐心は歳月とともに熱量を上げ、最後、それは制御不能なものとなった。「七つの鐘、終了に当たって」と題された声明が『聖教新聞』に掲載された4月24日にちなみ、会長辞任へと至る出来事は「嵐の四・二四」と呼ばれるようになり、それは先の師弟不二を組織に徹底させるための重要なキーワードとなっていく。
1998年に突然始まった元公明党委員長の竹入義勝〈たけいり・よしかつ〉に対する攻撃や、2005年以降に行われた同じく矢野絢也〈やの・じゅんや〉に対する集団での吊し上げや元国会議員を使った執拗な家探し、さらには本部幹部会などで見られた第5代会長・秋谷栄之助〈あきや・えいのすけ〉や今日もその座にある第6代会長・原田に対する口を極めての罵倒や土下座の強要といった異様な光景はそうした文脈に位置づけられる。最晩年の池田は大勢を前に何度となく反逆者の名を挙げ、それらを幹部連に刷り込んでいった。山崎やそれと行動を共にしていた元教学部長の原島嵩〈はらしま・たかし〉はもちろんのこと、竹入や矢野も同列に扱い、さらに加えて、牧口時代からの最古参幹部である和泉覚〈いずみ・さとる〉や辻武寿〈つじ・たけひさ〉、また、ひと頃は次世代のホープとして重用した野崎勲や山崎尚見〈ひさみ〉、そして、その死まで盾となることに一生を捧げた最側近の北条すら、池田は悪し様に罵るようになる。
怨念に凝り固まった池田は「嵐の四・二四」に自身を守り抜かなかった者たちを責め、猜疑心(さいぎしん)のあまり第二の山崎が出現することを恐れ獅子身中の虫を叩き出すことに囚われた。それは末端での大衆的人気とは裏腹に、例の師弟不二が絶対化された恐怖支配そのものだった。かつて病気がちで真面目一辺倒だった池田は、私(わたくし)を擲(なげう)って師匠の戸田に使えた自らの若き日を神聖化し、その激烈な反作用として、もはや周囲の誰も信用しようとはしなかった。そして恨みを晴らすため誰よりも長く生きることに固執した。
一読して力み過ぎだと感じた。福島源次郎の大牟田発言など明らかな間違いも散見され、引用している資料も雑だ。そもそもどうい読者を想定しているのかもわかりにくい。はっきり言って創価学会員以外で本書を「面白い」と思う人は少ないことだろう。
個人的には原島嵩と山崎正友の前後関係が参考になり、勘違いを正すことができた。最大のポイントは山崎の手下(山崎師団)に関する詳細が描かれている部分である。報恩社の北林芳典、竹岡誠治、広野輝夫など。
また、山崎正友の借入金については北条はもとより池田も認めていたことを初めて知った。池田から5~6億円も引き出したのだから大したものだ。
