・なぜ左翼が駄目なのか その一
・なぜ左翼が駄目なのか その二
・なぜ左翼が駄目なのか その三
四、なぜわれわれは共産主義に反対するか?
第一にそれは、われわれの国体、すなわち文化・歴史・伝統と絶対に相容れず、論理的に天皇の御存在と相容れないからであり、しかも天皇は、われわれの歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴だからである。《初出『論争ジャーナル』昭和44年2月号》
これは金言である。かくも端的に共産主義の本質を突いた言葉はない。
要は、「日本とは何か」という視点に立てば答えは自(おの)ずから導き出される。「歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性」の象徴は天皇である。なぜなら、日本は世界で最も古い歴史を有する国家であるが、国家以前に天皇が存在したからだ。つまり、「始めに天皇ありき」が日本国の所以(ゆえん)なのだ。
無論、明治維新以降にキリスト教の代替装置として天皇制を強固にした歴史はある。憲法制定のための苦肉の策というよりは、欧米諸国の視察でキリスト教というバックボーンを見抜いた伊藤博文の見識を小室直樹は高く評価している(『日本人のための憲法原論』)。
幕末からの尊王攘夷~廃仏毀釈という流れを踏まえると憲法の中心に据(す)えるのは天皇しかなかった。発展途上国で憲法が機能しないのは根幹にすべき宗教的権威を欠いているためだ。
左翼の最大の目的は「天皇制の打倒」である。そもそも「天皇制」という言葉自体が左翼用語だ。
そこに日本の古い歴史を妬(ねた)む欧米の情報機関が、トリッキーな形で女性週刊誌などに皇室のマイナス情報を提供しているのだ。彼らはローマ教皇よりも古い歴史をもつ天皇を目の上のたんこぶみたいに考えている。
一君万民という平等思想があったればこそ日本に奴隷は存在しなかった。権力を握った幕府ですら天皇には手を出せなかった。京都御所の塀は低く、お濠(ほり)もない。攻められることを想定しなかった事実が、民草の天皇陛下に対する敬意を物語っている。
創価学会員は誰一人気づいていないと思われるが、尊王という一点において実は顕正会に優位性があるのだ。顕正会は昭和40年代の創価学会さながらの運動を展開しており、社会の至るところで摩擦を起こしているが、こうしたやり方を改めれば一気に会員数を増やすことができるポテンシャルを秘めている。浅井昭衛〈あさい・しょうえい〉に魅力は感じないものの、いつの日か戸田や池田のようなリーダーが出てくるかもしれないのだ。その時、左方向に舵を切った池田の過ちが明らかになることだろう。
