斧節

混ぜるな危険

意識とクオリア

 ・意識とクオリア

『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

 話し言葉もだいたいそれに近いと言えるが、音楽体験は聴覚体験のもっとも豊かな側面である。われわれは音楽を聞き流すこともあれば、完全にひたりきってしまうこともある。聴覚体験は通常、視野のようにわれわれを包み込むことはないが、音楽にはそれができる。われわれが知覚する音を、複雑な相互関係をもつ音色と音高に分解して音楽体験のさまざまな側面を分析できても、音楽体験にはなぜかさらにその先がある。和音からはまとまりのある音楽の体験が生まれるが、でたらめに選んだ音だとそうはいかない。古いピアノと音のはずれたオーボエが一緒になって、まるで予想外の忘れられない体験をさせることもできる。このことに思いをめぐらすと、例によって次のように問いかけずにはいられない。なぜ【あれ】は、【こんな】感じがしなければならないのか?


【『意識する心 脳と精神の根本理論を求めて』デイヴィッド・J・チャーマーズ:林一〈はやし・はじめ〉訳(白揚社、2001年/原書、1996年)】

意識のハード・プロブレム」を広く世界に知らしめた一書である。チャーマーズが初めて言及したのは1994年のこと。ベンジャミン・リベットの実験が1983年である。10年余りの空白期間――本当はそうではないのだが敢えてこう書く――が生じたのは偏(ひとえ)にコンピュータが一般的ではなかったためだろう。時代を「Microsoft Windows 95」以前と以後に分けることも可能だ。

 チャーマーズは冒頭で意識を定義することの困難を滔々(とうとう)と述べた後で、その特徴を「体験の主観的な質」と表現する。つまり、クオリアだ。音は空気の振動である。空気が震えただけで、なぜこれほど豊かな質感を我々は感じるのであろうか? これは五感のすべてに共通するテーマだ。

「音楽が嫌いだ」という人はまずいない。特に多感な10代は信じられないくらいの感動に身を震わせて、歌詞の一行に救われることも珍しくない。

 私は1963年生まれなのだが、音楽的には実に恵まれた時代を過ごしてきた。1972年にデビューした荒井由実が初めてヒット曲(「あの日にかえりたい」)を放ったのが1975年のこと。バンバンに提供した「『いちご白書』をもう一度」が1位となったのもこの年である。ここから、ニューミュージックの歴史が始まった。

 かぐや姫が解散して風が誕生したのも1975年だった。同年、北海道では中島みゆきがデビューし、2年後には松山千春が出てくる。あの頃は北海道勢と福岡勢が音楽シーンを席巻していた。

 洋楽に目覚めたのはビリー・ジョエルの5枚目のアルバム『ストレンジャー』からであった。スティービー・ワンダーカーペンターズローリング・ストーンズビージーズが健在だった。70年代後半はプログレッシブ・ロックの全盛期だ。高校生の頃はビルボードやキャッシュボックスのチャートを血眼になって見つめ、FM番組を録音しまくり、月に1枚のLPレコードを購入することが、この上ない贅沢(ぜいたく)だった。

 高校2年の時から『ミュージック・マガジン』を読むようになった。とりわけ、中村とうよう小嶋さちほの文章から影響を受けた。アメリカではヒップホップが生まれ、同じ頃私はワールドミュージックに目覚めた。

 昔聴いた曲を今でも聴いている。本当に優れた楽曲は何度聴いても飽きることがない。ここ数年は、台湾・中国・韓国・インドネシアのポピュラーミュージックが中心だ。

 つくづく不思議に思うのだが音楽は言葉なしでも人を感動させる。視覚で得られる感動よりも、音楽の感動は心を鷲掴(わしづか)みにされる感覚がある。私自身、美しい風景を見て泣いたことはないが、音楽を聴いて泣いたことは何度もある。

「心の琴線」という言葉があるが、本当に何らかの弦があるような気がする。

 では、折角なので一曲紹介しよう。イタリアが誇る映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネの「ラ・カリファ」(1971年)。イングリッシュホルンコーラングレ)が主旋律を奏でた瞬間、私の心は金縛りになる。