橋下徹から茶々が入ったのだろうと推察する。
改革派を自認する吉村洋文代表ですら石丸伸二の真意を全く理解していない。その意味から申せば、現在の政治家は全員が「政治屋」なのだ。石丸以前に地方政治の二元代表制に言及する政治家は存在しなかった。吉村は「政策実現のためにはどうしても仲間が必要だ」と力説する。しかしながら石丸にとっては政策実現すら二の次で、まずは「政治の見える化」と「議会の正常化」を目指す。政策を掲げるのは首長である。それをチェックするのが地方議会なのだ。
大切な政策が議会によって否定されることもある。安芸高田市長時代に石丸は赤字化する道の駅と良品計画のタイアップを企てたが、議会がこれを否決した。石丸自身が「否決されたことに対して残念という思いはあるがそれだけだ。強いて言えば市民が可哀想だなという感想だ」と語っていた。
市のためにできることは何でもする。知恵も出す。だが、それに執着しない。なぜなら、どんなにポンコツの議員であろうとも、彼らは民意を体現しているからだ。つまり、良品計画の出店や地域の産物を使った商品開発という事業が実現できなくなったことや、毎年数千万円の赤字を出し続ける道の駅に対する責任は「市民が負うべきもの」なのだ。
つまり石丸は選挙民に対しても責任を問うているのである。それゆえ東京都議選でデビューする地域政党「再生の道」は候補者の当選を目指さない。飽くまでも都民の判断に委(ゆだ)ねているのである。再生の道はただ都民の選択肢を増やす役割に過ぎない。