斧節

混ぜるな危険

東京都議選に関しては何も思わない

 すまん。許せ。

 普段は300前後のアクセス数なのだが、投票日の翌日は必ず数倍になる。分析・講評を期待されているのはわかるが、もはやそのような体力はない。いや、体力はあるのだがそんなことに使っている暇はないのだ。

 公明党大田区2議席と新宿区1議席を落とした報道だけ確認した。池田の故郷である大田と学会本部おわします新宿というのが象徴的ではあるが、戦いである以上は勝つ時もあるし敗れる場合もある。ただ、それだけのことだ。

 創価学会の致命的な誤りは、政策を吟味することなく運動性だけで選挙を行うところにある。全国の創価学会員に呼びかけて東京の支援を行うのだ。私自身、19歳の時に北海道から東京まで応援に駆けつけた経験がある。あの頃は未成年であっても選挙運動を平然と行っていた。創価高校の生徒が道端で投票依頼をしたエピソードを美談として語っていたのは長谷川重夫だった。

 公明党の得票率は10%前後だった。これだけでも凄いことだ。

 今後の展望としては、師亡き後の創価学会を動かすのは、「査問を行ってきた幹部」である。査問(さもん)とは、「日本共産党が党の規約や活動方針に反した党員に対して行う“調査審議活動”の一つ」とされる用語である(Wikipedia)。

 友岡雅弥は査問によって死んでしまったわけだが、仇を討つ人物はまだ出てこない。きちんとした報復がなされれば組織は正常な機能を取り戻せたのだがそうはならなかった。つまり、創価学会共産党になってしまったのだ。

 味方を糾弾し、粛清してきたのが、スターリン毛沢東のやり方だった。ポル・ポトもそうだった。

 ここから公明党共産党のような凋落傾向を避けることができないと予想する。聖教新聞もやがて赤旗のように日曜版だけが読まれるようになるかもしれない。

 最後にはっきりと書いておくが、査問体質に至る芽を作ったのは池田当人である。自分に逆らう者のすべてに「裏切り者」の烙印を押し、「敵」と認定して全学会員に憎悪を植えつけ、創価学会を「感情共同体」に変貌させてしまった。

「祈り」をも「闘争」に紐づける教団の限界が迫っていることを自覚せよ。そもそも、宗教が政治にコミットすることへの危機感が無さすぎたのだ。

 石丸伸二を見よ。再生の道は42人の候補者全員が落選したが、「当初の目的は果たした」とサバサバしている。