斧節

混ぜるな危険

自動思考を止める

『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』ネドじゅん
『瞑想メソッドで始めるメンタル強化法 もう“左脳”に振り回されない』枡田智

 ・自動思考を止める

『2か月で人生が変わる 右脳革命』ネドじゅん

 実は、【意識が右脳ベースへと変容するには、この自動思考を止めるのが最強スイッチ!】なんです。
 これまでの「悟り」は、多くの場合、導師の元で真理を学び、瞑想や厳しい修行をして内的世界の捉え方を変え、変容していく方法でした。
 が、偶然ではありませうが、私が発見したのは、【自動思考を止めるとスイッチが入り、変容に必要なことが自然に起こっていくというシンプルな方法】だったのです。


【『ネドじゅん式意識変容 しあわせ右脳で悟リズム』ネドじゅん(永岡書店、2024年)】

 疲れてきた――わけではないのだが、ちょっと心境の変化があったので今後、冒頭のリンクは少な目にして、カテゴリーをタグのように活用する。リストに関しては「リンク集」から跳んでもらおう。

 一昨日から『2か月で人生が変わる 右脳革命』を読み始め、真ん中で中断した。実践を欠いては単なる知識になってしまうからだ。再び書籍を開くのはひと月後だ。昨日から本格的にエレベーターの呼吸法を行っている。

 本書には何と13ものワークが収録されている。悟りを求めてインドにまで修行しにゆく人がいることを思えば数十万円の価値があると思う。いや、ホントに。正直な本音だよ。

「自動思考を止める」というのは止観(しかん)の「止」である。

 人は落ち込んだり、失敗したり、怒りに駆られた時、思考が物凄い勢いで回転を始める。妬(ねた)み嫉(そね)みはその最たるものだろう。不満とは、不足を感じて生命が焼け付くような焦燥に取り憑(つ)かれた状態だ。まさしく煩悩の炎に我が身が焼かれているのだ。

 そうして我々は眼の前にいない人のことを思い出し、既に去ってしまった出来事を繰り返し反芻(はんすう)する。草食動物のように(笑)。

 これを妄想と名づける。そして実は思考もまた妄想なのだ。「我思う、ゆえに我あり」――デカルトは生の主導権を神から人間に移しはしたが、たぶん悟っていないだろう。しかしながら、この偉大な合理主義哲学の開祖は大事な真理を伝えている。すなわち、「思う=我」という方程式だ。デカルトはまた数学者でもあった。x軸とy軸のグラフを考案したのもデカルトだ。

 自動思考を止めるためには、まず自動思考に「気づく」必要がある。普段は絶対に気づかない。眼の前にいない人や事を考えていたら自動思考である。これがポイントだ。ただし、実務的な内容は別である。「夕食のおかずは何を作ろうかしら……」など。

 意識と思考の間に、そして意識と感情の間に隙間(すきま)を作る。「あ! 自動思考だな」と。「ハッハッハッ、お前の正体は見破った!」と叫ぶのもいいだろう。楔(くさび)を打ち込むイメージもよい。

 すると段々精度が上がって、瞬時に自動思考を見抜けるようになる。こうなればしめたものだ。どんどん自動思考と距離をとり、2000メートルくらい離れることができれば、かなり彼岸に近づいている(笑)。そう考えると、ブッダが説いた此岸(しがん)とは自動思考のことだったのかもしれない。

 自動思考を止めて、自動感情も止めて、自動判断も止める。そこに、「今ここ」が開かれる。過去に囚(とら)われたり、未来を思い悩むこともなくなる。止まってはいるのだが、フル回転しているコマのような状態になる。

【2024-12-13】