・原則を大切にしなければシステムは腐敗する
・『果断 隠蔽捜査2』今野敏
・『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
・『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
・『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
・『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
・『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
・『去就 隠蔽捜査6』今野敏
・『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
・『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
・『探花 隠蔽捜査9』今野敏
・『審議官 隠蔽捜査9.5』今野敏
たてまえを貫くということは、つまりは原則を重視するということだ。ケースバイケースという言葉が嫌いだった。それは、いい加減さを表現する言葉だと、竜崎は思っている。
原則を大切にしなければ、システムは腐敗する。何が重要なのかわからないから、無能な役人は法の条文や通達の文面だけをなぞって、それを闇雲に実行しようとする。そして、前例だけを重視するようになる。いわゆるお役所仕事だ。それは、疲弊した役所のシステムだ。本当に有能な官僚を集めた、有効なシステムというのは、原則を大切にした、即応性のある、柔軟なものだというイメージがあった。
「石丸伸二市長が中国新聞社・胡子洋〈えびす・ひろし〉支局長の取材拒否を宣言」の続きを。
『隠蔽捜査』シリーズは二度読んでいる。概要を紹介しよう。
1:足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件(1988年)の復讐劇。
2:家族の不祥事で竜崎は大森署に左遷させられる。立てこもり事件。SITとSATが登場する。
3:アメリカ大統領が来日。竜崎は警備の一翼を担う。テロ計画。そして竜崎が恋に落ちる。
3.5:竜崎の幼馴染である伊丹俊太郎を主役にした短篇集。
4:大森署管内でひき逃げ事件、放火事件、殺人事件が発生する。殺人の背景には南米の麻薬が絡んでいた。外務省との駆け引き。
5:国会議員の誘拐事件が起こる。更に神奈川県警との合同捜査で警察同士が縄張り争いに固執する。
5.5:短篇集だが主役がそれぞれ違う。3.5よりずっとよい。
6:ストーカー事件。ストーカー対策チームで戸高善信と根岸紅美がタッグを組む。
7:ハッキング事件と少年犯罪。
空席:Kindle版。未読。
8:神奈川県警の刑事部長に栄転。不法入国した中国人が殺害される。警察OBや公安との確執。横浜中華街の変遷。
選択:Kindle版 未読。
9:神奈川県警第2弾。横須賀の米軍基地絡みの事件が発生。日米地位協定の問題。
驚くべきことだが似たような内容が一つもない。まだまだ書けそうな印象を受ける。ファンとしては20冊くらいを目指して欲しいと思う。シリーズ8冊目までで累計300万部を達成しているようだ。
主人公の竜崎伸也〈りゅうざき・しんや〉は東大法学部卒のキャリア官僚だ。彼はエリートとしての責務を果たすべく原理原則に生きる。もちろん出世は望むが、それは栄誉栄達のためではない。所謂(いわゆる)、堅物(かたぶつ)なのだが、徹底ぶりが常軌を逸している。
伊丹はうんざりした顔になった。
「そんなことをして、おまえに何の得がある」
「本物の官僚は損得など考えない。どうしたらシステムが効率よく本来の機能を果たすかを考えるんだ」
竜崎は侍だった。彼が示しているのは武士(もののふ)の生き様である。侍の語源は「従う」意味の「さぶらふ」(候ふ)である。主君に絶対的忠誠を誓うのが武士という存在であった。その意味ではムスリムと変わらない。服従する相手が藩主か神かの違いがあるだけだ。
合理性の塊(かたまり)みたいな竜崎が様々な事件を通して、それまで経験したことのなかった感情の波に洗われる。そして、竜崎を取り巻く人々は旧態依然とした姿勢を改め、本来の目的を見出す。
石丸市長は竜崎ほどの唐変木ではないが、やろうとしていることは同じである。地方政治のシステムを本来あるべき姿、すなわち議論と批判の応酬を通して民主政に息を吹き込むことだ。メディアに対して厳しいのも、彼らが単なる特権階級に成り下がってしまったためだ。石丸の言動は「本来の目的や使命を果たせ」と言っているだけに過ぎない。