心から謝罪する学会員が果たして何人いることだろう? 創価学会本部はこの哀しい叫び声に応えるのだろうか? たぶん、「お門違い」を指摘されるだけだろう。あたかも宗教企業のような冷酷な対応に終始することだろう。挙げ句の果てには「地元で指導を受けよ」とまで言い募ることだろう。そこにあるのは、「責任回避」の四文字だ。お悔やみの言葉も出てこないよ、きっと。
父親を「嫌い」ながらも、捨て切れない尊敬の念が窺(うかが)え、それがより一層悲哀を濃くする。愚直さが裏目に出てしまったのか。あるいは家庭に居場所がなかったのか。それとも学会組織に都合よく使われたのか。
激しい活動をすればするほど家族は犠牲を強いられる。育ち盛りの子供を放りっぱなしにしているケースも目立つ。積もりに積もった感情は決して癒されることなく、家族をバラバラにしてしまう。
組織に殺されるな。
亡き父はすごい倹約家だった。お弁当のおかずは魚の切り身一切れだけ。唯一の趣味の酒も、ワンカップ大関などの三増酒だった。そんな倹約家の父は聖教新聞を6部も取り、有り金を財務に注ぎ込んだ。しかし、家族に嫌われて幸せになれず、74歳で自死。学会本部よ、どう責任を取ってくれますか? pic.twitter.com/iK4cussfr5
— Shinji (@shinjisugar) December 1, 2023
子供の頃から信心を強制され「やめたら罰が当たる!」と脅された。母が統失、二人の姉が小学校から不登校だったのに、父は学会活動に熱中していつも家におらず。創価に有り金を注ぎ込み、二人の姉は高校にも行かせてもらえず、母は年金も入っていなかったので、兄と私が仕送りをして母の老後を支えた。
— Shinji (@shinjisugar) December 2, 2023