・紋章 その一
・紋章 その二
・『なぜ仏像はハスの花の上に座っているのか 仏教と植物の切っても切れない66の関係』稲垣栄洋
・『たたかう植物 仁義なき生存戦略』稲垣栄洋
・『はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密』稲垣栄洋
日本の家紋によく使われる十大紋は「鷹の羽、橘、柏、藤、おもだか、茗荷、桐、蔦、木瓜、かたばみ」であるとされている。
このうち鷹の羽を除く九つは、すべて植物である。日本の家紋は植物をモチーフにしたものが多い。
一方、ヨーロッパの紋章を見ると、獅子や鷲、ユニコーンなど、いかにも強そうな動物が居並んでいる。日本にも強そうな生き物はいそうなものなのに、日本人は、どういうわけか食物連鎖の底辺にある植物をシンボルとしているのである。
見るからに強そうな生き物ではなく、何事にも動じず静かに凛と立つ植物に日本人は強さを感じた。そして、自らの紋章として選んだのである。
不思議なことに、十大紋のうち、「おもだか紋」と「かたばみ紋」は雑草である。特に戦国時代に活躍した勇猛な武将は、雑草の家紋を好んだ。オモダカは田んぼに生えるしつこい雑草である。ところが武将は、この雑草を「勝ち草」と呼んで尊んだのである。また、カタバミも畑や道端に生える小さな雑草に過ぎない。どうして、戦国武将は、雑草を家紋に選んだのだろうか。
田んぼや畑の雑草は、抜いても抜いても生えてきて、どんどん広がっていく。戦国武将はこのしぶとさに子孫繁栄の願いを重ねたのである。戦国武将にとって、もっとも大切なのは、生き残って家を存続させることである。百戦錬磨の猛者たちは、田畑の小さな雑草にそんな強さを見出していたのである。
【『弱者の戦略』稲垣栄洋〈いながき・ひでひろ〉(新潮選書、2014年)】
「強いもの」よりも「長く続くもの」に価値を見出した日本人の感性は、やはり花鳥風月を愛(め)でる心性から生まれたのだろう。国歌の元である「我君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(詠み人知らず『古今和歌集』)という歌とも響き合う。西洋の「転がる石に苔(こけ)はつかない」(ローリング・ストーンズ)とは正反対の価値観だ。
そう考えると、日蓮が獅子を好んだところに西洋的な姿勢が垣間見える。前にも書いた通り個人的には日蓮を「仏」とは考えていないが、近代人の先駆者であるのは確かだ。世界規模の視野と傑出した個人感覚に鎌倉時代の人々は度肝を抜かれたことだろう。
古来、日本人は我が身よりも家を重んじた。自分が幸福になることよりも一家一族の繁栄を願った。そこには農民的な発想もあったに違いない。とはいうものの皇統を思えば、やはり自然の智慧としてDNAを存続させるメカニズムが働いていたに違いない。
今、選択的夫婦別姓によってその「家」が破壊されようとしている。結婚後も様々な場面で旧姓の使用は認められている(氏名変更相談センター)。にもかかわらず執拗(しつよう)に別姓を主張してきたのは左翼であり、日本の家制度に風穴を開けて、やがて破壊する目論見があるのは当初からわかっていたことだ。そもそもアンケート調査を見れば明らかだが、別姓を望んでいる女性は少ないのだ。
別姓の夫婦は家紋も別になるのだろう。お墓も別になるのだろう。兄弟姉妹であっても苗字(みょうじ)が違うケースも当然出てくる。
選択的夫婦別氏制度が実現すれば、やがて戸籍制度も意味をなさなくなる。欧米のように探偵が活躍する場が日本に少ないのは戸籍制度があるためだ。
夫婦別姓は奥さんの人権問題などではない。女系天皇を容認させるための一里塚であり、皇統を潰(つい)えさせる目的があると知れ。当然ではあるが外国勢力からの様々な支援があると考えてよい。特に欧米は自分たちよりも圧倒的に古い歴史を有する国があることを認めたくないのだ。



