選挙協力が重要であることを見抜いていたのが、自公連立を推し進めた小渕恵三内閣の野中広務・官房長官だ。
野中氏の政務秘書官だった加藤芳輝氏は生前、私に「野中氏は1998年に官房長官に就任する前から旧知の創価学会関係者に連絡して感触を探り、連立も可能と踏んでいた」と語っている。
野中氏も自身の回顧録で〈いきなり自民と手を組んだのでは、支持者にとても説明できない。ワンクッションおいてもらわなければ〉(『野中広務 全回顧録 老兵は死なず』文藝春秋)と新進党分裂を経て再結党した公明党から要求があったことを明かしている。その意向を踏まえ、まず、小沢一郎党首率いる自由党を引き込み、公明党の求める政策を実現するなど環境整備に努めた。そして、翌1999年10月、公明党は自自連立内閣に参加した。
野中氏が感触を探った創価学会関係者とは、創価学会本部青年部副男子部長などを務めた竹岡誠治氏だろう。
【自民党と創価学会:自公関係の本質は「連立」ではなく「選挙協力」 野中広務・幹事長が見いだした「自創連携」という計略|NEWSポストセブン】